草加小話

埼玉県草加市での暮らしで拾ったエピソードとそうでないエピソードを綴ります。

BiSHの「My landscape」。私の風景。私の荒野。

My landscape」は2017年11月29日に発売されたアルバム『THE GUERRiLLA BiSH』の1曲目に入っている。

オーケストラ」「プロミスザスター」に続く、壮大路線の楽曲だ。ストリングス重視のサウンドが「My landscape」ではさらに推し進められ、冒頭からしばらくはほとんどストリングスと打楽器だけでクラシカルな音空間を構成している。イントロは高らかなメロディーなので、歌詞をつけてハシヤスメ・アツコに歌ってもらいたいと思うほどだ。

ステージでは冒頭で背中をステージにつけて、両足を天に向かって伸ばし大きく開く振り付けを見せる。これは山猫の出産をイメージしているという。

弱音ばかり その山猫
you are never darling 越えたくて
弱音ばかり その山猫
you are never darling 越えたくて

山猫は獰猛で孤独なケモノだ。だがこの生まれたばかりの山猫は弱音ばかり吐いている。
「山猫」は吉田秋生の漫画『BANANA FISH』(1985年5月号~1994年4月号)の主人公の名前、アッシュ・リンクスから採られたらしい。「リンクス(Lynx)」が山猫という意味だ。この曲の作詞者wack社長渡辺淳之介は『BANANA FISH』に強い思いを抱いている。

BANANA FISH』のアッシュ・リンクスはNYダウンタウンストリート・ギャングを束ねる若いボスだ。過酷な生い立ちから強靭な意志と猜疑心を身につけてしまった孤高の山猫。ギャング組織の抗争の主役になってしまい、サバイブするために傷つきながら強くなっていく。

だが「My landscape」の山猫はいつまでも強くなれないのだった。

不意に襲ってくる不安と
あなたに巣食う あぁ 未来ごと
飽きない 邪悪もない

非常に意味が取りにくいが、「不安」「巣食う」「邪悪」というような不穏な単語がじわじわ効いてくる。

またこの曲の歌詞は全体的に「ない」という否定にあふれている。「言うこと無い」「いらない」「そういかない」「ハメは外さない」「打たれない」「覚悟ない 描かない」……。

※「ない」「無い」は合計17回出現。

山猫は、あるいは彼女(歌の主人公)は、自分を、世界を否定しつづけている。生きづらい世界に生きている。

そして喉を締め付けるような声で彼女はこう歌い上げる。

My landscape!

それが私の風景だ!

風景は私達の目に映る景色のことだ。しかし風景は目をつぶっても見える。「心象風景」「原風景」という言葉もある。つまり風景とは環境と経験から現出するビジョンなのだ。そのビジョンは共有されて確固とした形が定まる。ならばlandscapeは「Our landscape」であるはずなのに、この楽曲は「My landscape」を歌っている。

私だけの風景。私を取り囲む世界。それは孤独と恐怖の世界だ。MVでは飛行機の墓場と言われるアメリカ南西部の砂漠、壊れた飛行機がたくさん横たわり、人も動物もいない荒涼とした風景が映し出される。

My landscapeは私という荒野なのだ。

ステージでは最後に山猫の出産の場面が再び演じられる。

よく見ると、最後の振り付けでは、メンバーたちは両足を閉じてまっすぐ突き上げるだけだ。冒頭では両足を大きく広げて出産を表現したので、最後はその続きであり、出産の完了を意味するのだろうか。つまり、この歌は出産の過程だったのか。この世界に生まれる過程で山猫が見た荒野のビジョンが「My landscape」なのか。

出産が完了して、山猫は荒野の外の世界に、「New landscape」に、新たに誕生することができただろうか。

BiSHの最後の日、2023年6月29日は、彼女たちが新たに誕生する日でもあるのだろう。

↑ BiSH / My landscape [BRiNG iCiNG SHiT HORSE TOUR FiNAL "THE NUDE"]@幕張メッセ9.10.11ホール