飛べないレゲエ
PIGGSの「飛べない蛇」という曲が頭の中でずっと聞こえている。この曲は2020年、PIGGSが結成された年に出た最初のアルバム『HALLO PIGGS』の12曲中12番目に収められた曲。ゆったりしたリズムと美しいメロディーと痛切な歌詞。軽快な「KICKS」から始まった痛快なアルバムを、最後に情感を残して締めくくる。
「飛べない蛇」はレゲエだろうか。
レゲエのリズムは単純化するとこうだろう。
ズン・チャ・ドン・チャ・ズン・チャ・ドン・チャ
ズン(バスドラム)とドン(スネア)の間でチャ(ギター)が鳴る。「チャ」で体が浮く。ズンとドン沈む。浮くから沈む。沈むから浮く。ゆるやかなノリが生まれる。
「飛べない蛇」はレゲエっぽい。でもギターの「チャ」が間ではなくて頭で鳴る。ズンとドンにかぶる。跳ねられない。むしろズンにかぶせて押し沈められる。こういうレゲエもあるのか。いやレゲエではないのか。飛べないレゲエ。
「飛べない蛇」は音源のバンドバージョン以外に、ライブで披露されたピアノ伴奏のみのバージョンもある。
↓YouTubeに上がっている ピアノバージョンの「飛べない蛇」。CHIYO-Pの絶唱が胸を打つ。
PIGGSは2023年1月29日に東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でワンマンライブ「全身全霊!燃える豚魂ツアーファイナル~焼豚大解放~」を開催した。
2ndシングル「BOO!SHUT」の初回限定盤にはその日比谷野音公演の模様を収録したBlu-rayが付属した。そこで「飛べない蛇」が確認できる。
このバージョンは冒頭からワンコーラスまでがピアノのみの伴奏で、途中からバンドになる混成バージョンだった。
PIGGSなら連れて行ってくれる
「飛べない蛇」は何を歌っているのだろうか。
星を見に行こうよ 綺麗なシリウスを 世界で一番輝くシリウスを 望遠鏡は捨てて 生の目で見ようよ 遊園地よりも 素敵な光を
推しを観に現場に行こう、と歌っている。アイドルはシリウスだ。その光の強烈さは生で見ないと実感できない。完全体のアイドルは現場にしかいないのかもしれない。あまりライブに行かない僕も流石に2023年6月29日、東京ドームにBiSHを観に行った。素晴らしい体験だった。友達もできた。
あなたが消えてしまったらここは寂しい世界 こぼれそうな言葉を風に乗せて歌うよ 響け 届け
消えてしまった人を思う。消えてしまった人に届くように歌う。脱退したメンバーのことを、消えてしまったグループを思う。推しが消えることはアイドルの世界ではよくあること。でもそのグループの存在を頼りに生きていた人にとってはほとんど生命の危機だ。絶望の世界だ。PIGGSはそんなファンの心に寄り添って「響け 届け」と歌ってくれる。このフレーズを歌うCHIYO-Pの歌声はなんだか泣いているように聞こえる。CHIYO-Pは日比谷野音公演の年(2023年)の5月にPIGGSから脱退した。
飛べないこの夜にバラを咲かせましょう 忘れられなかった温もりが香る 星よ 花びらに水を与えてよ どうか生命を照らし続けてよ
星、あるいは推しは生命を照らし続ける存在。星、あるいはアイドルは私の心に水を与えてくれた。BiSHは生命を、生きる道を照らしてくれていた。でもBiSHはもういない。誰か僕たちの命を照らしてくれ。
海で泳ぎましょう 山も登りましょう 一緒に朝日を拝みにゆきましょう
PIGGSなら連れていってくれるかもしれない。海や山へ。朝日を見にどこかへ。
飛べない蛇はできそこない
飛べない蛇って言うけど、そもそも蛇は飛べない。お前は飛びたがっているのか、蛇のくせに。虚しい夢だ。
いやもしかしたら飛べる蛇がいるのだろうか。調べたら、どうやらいるらしい。「パラダイストビヘビ」という種で南アジアに分布するそうだ。飛ぶと言っても翼があるわけではなく、木から木へと滑空する。バズ・ライトイヤーに言わせれば「飛んでるんじゃない、落ちてるだけだ。カッコつけてな」かもしれないが、動画を見ると長い胴体をS字に平べったくして、上昇に近い軌道も取りながら滑空している。10m行けるそうだ。肋骨を広げ体を扁平にしているというから、体内に翼があるようなものか。
そんな飛べる蛇から見ると、普段我々が目にする蛇は飛ぶ能力を失った「飛べない蛇」であり、底辺を這いずるできそこないと言えそうだ。
PIGGSに魂が供養された
日比谷野音のライブで、「飛べない蛇」はこんなエンディングを迎える。
メンバーがひとりずつステージ前方に出て来て、何か動作を示す。
CHIYO-Pは右手を胸に触れたあとに床に触れる。何か置いた?
kinchanはしゃがんで両手で床にふれる。
プー・ルイは右手を床におろしてなにかつまんだような形にして額を触る。焼香のような動作。
シェルミーは右手で無造作に床にふれる。
バンバンは両手を床付近で返す。布団を掛け直すような動作。
これはなにかの儀式? 葬儀?
5人並んで向きを変えて客席に背中を向けて立つ。
両手を顔の前そろえる
指先を揃え左に傾ける。右、左と揺らす、6回。
ああ、飛べない蛇の魂が供養されたのかなと思った。
推しを失って這いずり回っていた僕たちはPIGGSに救われるかもしれない、と思った。