草加小話

埼玉県草加市での暮らしで拾ったエピソードとそうでないエピソードを綴ります。

山下達郎の「Love Space」。歌唱力でぶん殴られるような爽快感

山下達郎は自身のバンド「シュガー・ベイブ」が解散した1976年の年末に『CIRCUS TOWN』でソロデビューしました。

そして翌1977年5月にはもうセカンド・アルバム『SPACY』をリリースしました。24歳! ブラスもストリングスも自分で編曲。多重録音による精緻なコーラスもあり、ファンクっぽくてAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)っぽくて、洗練されている上に骨太。それから圧倒的な歌唱力! なんとまあすごい才能の音楽家が出現したものだ、と驚愕した記憶があります。

アルバムの1曲目が「Love Space」です。ゆったりとしたテンポ感ですが16ビートの細かい刻みのファンクです。

吉田美奈子が書いた歌詞は

「飛ーび散るー恋のーつぶてーはー
きーみにもーすぐにー届くーはーず」

これだけで8小節。イントロ開けからもう約20秒費やしています。

テンポがゆったりしているだけに、歌詞の言葉の少なさが際立ちます。桑田佳祐なら10倍か100倍の言葉をぶち込むところでしょう。

そして達郎の美声が若々しくて伸びやかです。青年の声という感じ。

そしてとうとう次の4小節に行きます。

「尾ーを引いてー走りー去ろおー」

この最後の「おー」がすごく高い。hiB。高い「シ」! これに裏声でなく地声のままで持っていく。限界音域。声が割れかけている。声帯がちぎれそう。後先考えない若さの暴走でしょうか。聴く者の脳天に響き、胸が掴まれます。声で、歌唱力でぶん殴られるような爽快感!

やけくそとも言えそうなハイトーンの絶叫から、荒野を切り開く孤高の人としての自覚と、理解されない、売れない、という当時の不遇の境遇での焦燥感が感じられるような気もします。

山下達郎の伸びる高音のメロディが堪能できる曲としてはほかに「悲しみのジョディ」(1983年)もありますね。でもこの曲の高音はファルセット。1998年の「ヘロン」も伸びやかで大好きですが、もう円熟味の境地でしょうか。45歳だし。若いツッパリ感でいえば「RIDE ON TIME」(1980年)もありましたね。当時27歳。ただ極端な高音引き伸ばしはないです。むしろ、『SPACY』の前のアルバム『CIRCUS TOWN』に粗暴さが見られますね。「夏の陽」なんかバラードなのに、後半なぜあんなに叫びながら歌うんだ!

山下達郎『SPACY』。ジャケットに山下達郎(TATSURO YAMASHITA)というミュージシャン名がない。帯にあったけどなくした。イラストはペーター佐藤

さて『SPACY』はこのような疾走感のある曲ばかりではなく、ドラムがなくて、多重録音の複雑なテンションの効いた厚いコーラス主体の静謐で内省的な曲も入っています。LPのB面の「アンブレラ」からの4曲の美しい連なりは一種のコンセプトアルバムで、山下達郎が大きな影響を受けたというビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』にも通じそうですね。

『SPACY』は若々しくて野心的で、つまり特別なアルバムなのです。