草加小話

埼玉県草加市での暮らしで拾ったエピソードとそうでないエピソードを綴ります。

松本清張の『点と線』を初めて読んだらあまりに今を映していて驚いた

どこからともなく松本清張『点と線』が出てきた。

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長編推理小説 点と線 松本清張

奥付に「昭和35年7月10日初版発行・昭和50年7月10日190版発行」と記された古びたカッパ・ノベルズ。だいたいみんな読んだであろうベストセラー推理小説だが、うっかりして読んだことがなかった。読んでみた。

九州で男女の心中があった。二人が東京駅で列車に乗るところが目撃されていた。別のホームから目撃できたのは、非常に稀な、1日にたった4分間だけ間に列車が入らない時間帯だった。捜査担当の刑事、三原はそこに作為を感じた。容疑者の行動を探ると、アリバイが完璧だった。なにしろ容疑者はその時北海道に行っていたのだ。アリバイがあまりにも完璧なことに、三原刑事はかえって策略を感じ疑惑を深めた。

心中した二人のうちの男は「××省」(映画では産業建設省)の役人で、課長補佐の佐山。ノンキャリアの叩き上げ。ちょうど捜査が進んでいた汚職事件の捜査対象となっているキャリア官僚石田部長を補佐する立場なので、いろいろ情報をもっている。だから石田部長にとって佐山は都合のいいときに自殺してくれた。

容疑者は、××省の石田部長と縁が深い機械工具商の経営者、安田。もし彼が犯行を犯したなら、石田部長に大きな恩が売れて、その後の商取引でおおいに便宜が図られるだろう。さて容疑者安田は捜査のためになんでも話すしどんどん情報を出してくれる。そしてどんどんアリバイが完璧になる。三原刑事がますます怪しむ。

官僚の世界の特殊性について、三原刑事の上司がこう語っている。

「なにしろ課長補佐というのは義理人情家とみえて、一省の危急存亡を背負ったつもりで死んでくれる。大きな汚職事件で自殺する者は、かならず課長補佐クラスだ。」

森友学園との土地取引に関する公文書書き換えを上司から命じられて自殺した財務省近畿財務局の赤木俊夫さんは、「上席財産管理官」だった。この役職はちょうど「課長補佐」に相当するという。日々情報を収集しどんどん処理していく実務の要。極めて重要な役職だ。上級官僚はいい課長補佐を欲しがる。そして腐敗した上級官僚は秘密を知ってしまった課長補佐の存在が邪魔になる。

刑事は事件解決のあと手紙にこう書いた。

「証拠がないといえば、××省の石田部長もそうです。彼はさすがに、汚職問題でその部をやめて他部に移りましたが、なんと移った新しい部が前よりはポストがいいのです。そんなばかなことはないのですが、役所というのはふしぎなところですね。将来、局長になり、次官になり、あるいは代議士ぐらいに打って出るかわかりません。」

赤木俊夫さんに文書改ざんを命じた佐川理財局長が、国会で不誠実な答弁を繰り返した挙げ句、なんと国税庁長官に栄転したことが思い出される(翌年辞職した)。

60年以上前に刊行された『点と線』が今を予見したわけではない。権力の腐敗にからんで起こる人の死は、昔も今も延々と繰り返されている。たぶんきわめて基本的な構造上の付随事項なのだろう。定期的な洗浄が必要なのだ。