草加小話

埼玉県草加市での暮らしで拾ったエピソードとそうでないエピソードを綴ります。

淡路人形浄瑠璃。極限的な操作によって人形の外側、観客の中に生命や心が生まれる

6月13日(日曜日)草加市文化会館ホールで行われた、淡路人形浄瑠璃の公演を観に行った。

木乃下真市さんの津軽三味線

木乃下真市さんの津軽三味線の演奏が前半にあった。木乃下さんは津軽三味線全国大会(現在の名称は津軽三味線世界大会)で86年と87年に連続優勝し、現在は同大会の審査委員長を務めている、日本一、いや世界一の津軽三味線奏者だ。

演奏した曲目は「津軽よされ節」「津軽あいや節」「秋田荷方節」「十三の砂山」「津軽じょんがら節 新節

津軽三味線といえば「津軽じょんがら節」が有名。世界大会でもほとんどの出場者はこの曲を演奏するという。

特徴は強くて速くて激しいこと。とくに右手の撥が弦を打つ「バン!」という打撃音はホール中に響いて背後からも聞こえる。

津軽三味線 木乃下真市による「津軽じょんがら節」の曲弾き。2014年8月「木乃下真市 津軽三味線ライブ」にて収録。

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撥の打撃音楽音(音程のある音楽的な音)が、分離して同時に聞こえるような気がする。たぶん三味線は弦から出る音があまり大きくないのではないだろうか。もちろん津軽三味線は三味線の3つのタイプ、「細棹」「中棹」「太棹」のうちの最も大きい太棹であり、音量も大きい。それでもたとえば大きい胴を有するアコースティックギターに比べたら音が小さい。ある意味効率が悪い。

でもそのおかげで撥の打撃音と楽音が両立できたのではないだろうか。

津軽三味線で特徴的な、左手で弦をこすって音を揺らす「揺すり」という奏法によって鳴る「ウインウイン」という音色は、声のように情動に強く作用する。

「バン! バン! バン! バン!」と「ウィン ウィン ウィン ウィン」が別の音として同時に聞こえる。打楽器と弦楽器が同時に演奏されている!

YOUTUBEで"America's Got Talent"というオーディション番組を見ていたら、Marcin Patrzalekという少年がアコースティックギターの胴や弦を激しく叩きながら演奏していた。パーカッション(打撃音)とギター(楽音)を同時に演奏したいという欲求が感じられた。津軽三味線ならそれが当たり前にできてしまう。

Marcin Patrzalek: Polish Guitarist MURDERS His Guitar! WOW! | America's Got Talent 2019

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秋田荷方節という曲の技巧にも感動した。三味線の3本の弦は、低いほうから一の糸、二の糸、三の糸と呼ぶそうだ。秋田荷方節は二の糸を開放状態で拍子の頭で弾き、そのあと一の糸でメロディーを弾く。

「2・1・1・1」「2・1・1・1」「2・1・1・1」「2・1・1・1」

これを高速で軽やかにやる。指ならともかく、撥でやる!

淡路人形浄瑠璃

後半は淡路人形座による「夷舞(えびすまい)」と「傾城(けいせい)阿波の鳴門 順礼歌の段」。

「夷舞」は夷(えびす)様がどんどん酔っぱらい、どんどん目出度くなっていく。

「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」は、巡礼の一人旅をする少女がある家を訪ねる場面から。その家に1人でいた女性お弓が少女の身の上を尋ねたら、故郷で生き別れた両親を探す旅をしていると言う。名前と境遇から少女が自分の娘お鶴だとわかる。
さて太夫(唄い、語る人)が前半と後半で1人ずつだった。前半は女性。

少女のセリフが高い一本調子なのは成長が未成熟であることの現れか、あるいは悲しみの高ぶりでピークアウトしているからだろうか。

母親のセリフは泣きのモノローグ。太夫竹本友里希(たけもとともりき)さん(25歳)の歌い語る表情を見ると、これまた泣いている。

さて立ち去った少女を母親が追ったが、その留守の家に少女が戻り、さらに男が現れる。男は生き別れた父親だった。

少女の素性を知らない父親は少女から金を奪おうとして、黙らせるために口をふさいだ。少女は息ができなくて死んだ。(I can't breathe. 警官に殺されたジョージ・フロイドの死を連想する)

少女を操作していた3人の人形遣いが人形から手を引き、人形は舞台に置かれた。このとき少女は人形になった。そして人形は死んでいた。

もともと人形は死んでいる。その人形を生かすために3人の人形遣いが極限の連携で首と手足を操る。すると本来死んでいるはずの人形は、なめらかで自然な首や手の動きを得て、生命が宿る。それは過剰に「自然」だ。

平田オリザという劇作家、演出家がいて、役者に「セリフのタイミングを0.3秒遅くして」とか「15度左を向いて」など機械的な指示をする。役者の「思い」を重視しない。表面的な動きや言葉を演出する。心はどこにあるのか。心は役者の中にではなく、観客の中に生まれるものなのだ。だから平田オリザはロボット演劇やアンドロイド演劇なども上演することができた。

人形の中にも「思い」や「心」はもちろんない。「生命」さえない。人形遣い太夫や三味線奏者の極限的な操作によって、人形の外側に、観客の中に、生命や心が生まれるのだ。

淡路人形浄瑠璃を守り、発展させている太夫、三味線、人形遣いは、ほとんど南あわじ市の中学・高校の「郷土部」出身者たちだ。郷土部とは人形浄瑠璃部。淡路人形座のメンバー(プロ)が指導して、優秀な部員は高校卒業後淡路人形座のメンバーになる。伝統芸能継承・発展のための完璧な永久機関だ。

淡路人形浄瑠璃 太夫 竹本 友里希 | 明日への扉 by アットホーム

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