草加小話

埼玉県草加市での暮らしで拾ったエピソードとそうでないエピソードを綴ります。

鈴木喜美子さんによる足尾銅山の死と再生のストーリーはここからがクライマックスだ

草加市在住の画家、鈴木喜美子さんの個展が、銀座二丁目の東京銀座画廊で行われた。
銅を産出しつづけて日本の産業を支えながらも、鉱毒の被害も拡大させて閉山になった日本の歴史の負の遺産足尾銅山。その死の山に魅せられて、鈴木さんは、足尾銅山を40年以上、ひたすら描き続けてきた。

今回の総合的な個展で、足尾銅山と鈴木喜美子さんの精神をつなぐ太いストーリーが垣間見えた気がした。

鈴木喜美子さんの理解のために、「草生人」2016年の「草加とアート」特集号の記事を参照していただきたい。僕がインタビューして書いています。下のリンクから当該号のPDFファイルがダウンロードできます。

草生人2016年初秋「草加とアート」

 

展示は広い会場を年代順に5つのスペースに区切って、順を追って観るように誘導されていた。1つのスペースごとに巨大な絵が10枚ほど展示されていただろうか。

 

最初のコーナーは1980年代。雪に覆われた遠景の足尾が何枚も描かれている。動植物が生息しない、生命が死に絶えた銅山は、色彩がなく、直線的な形だけの世界だ。

次のコーナーは1990年代。鈴木喜美子さんは足尾の地を歩き、廃工場に向き合う。煙突を執拗に描く。煙突の天に向けた咆哮が幻聴されるようだ。

続いて1990年代後半。鈴木さんはヘリコプターに乗って、足尾の工場を見下ろす。建屋から何本も伸びるパイプは血管にも見え、生命体が大地にへばりついている姿を連想する。

2000年代のコーナー。鈴木さんは地上に降り立ちそのパイプを間近で見る。赤いパイプの異常な曲がり方に着目し、何枚も描く。俯瞰から観た生命体らしきものは、しかし硬化した血管。死んだ血管であった。

2010年代のスペースに足を踏み込むと、足尾に植物が現れていた。樹木が描かれる。山に色彩が蘇る。

まだ生命の萌芽が垣間見えたばかり。鈴木喜美子さんによる足尾銅山の死と再生のリアルタイムストーリーはここからがクライマックスだ。

 

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会場で鈴木喜美子さんからいただいたメモ帳。

鈴木さんの作品が表紙になっている。