ドント・ストップ・ザ・ダンスのクルセイダーズ感
フィロソフィーのダンスのメジャーファースト・アルバム『愛の哲学』が発売されました。いいです。最高と言わざるを得ません。
「ドント・ストップ・ザ・ダンス」を聴いてみましょう。いわゆるジャズ・フュージョンのタイトかつ豪華なサウンドです!
フィロソフィーのダンスは4人組アイドルグループです。2015年に結成して、インディーズでシングルを10枚、アルバムを3枚発表し、2020年にメジャーシングル、そして今年2022年にメジャーアルバムを発表しました。
結成の経緯は、音楽プロデューサーの加茂啓太郎がアイドルに目覚めたことでした。加茂啓太郎はEMIミュージックで新人発掘や育成を担当し、手掛けたアーティストとしてはウルフルズ、ナンバーガール、Base Ball Bear、フジファブリック、氣志團、相対性理論、赤い公園などの名前が挙がっています。Jポップの発展に貢献した大物プロデューサーです。
そんな彼がでんぱ組.incやBiSを知り、アイドルの可能性に気づいて、ついに自分でもアイドルグループ、フィロソフィーのダンスを作ってしまったのでした。それにしてもすごいネーミング!
※ちなみにグループ名に「フィロソフィー」がつくように、曲名や歌詞に哲学や思想がからむものがちらほら見受けられます。また多くの楽曲の作詞を担当したヤマモトショウという作詞・作曲家は東京大学大学院で哲学を専攻した人でつまり哲学者! 哲学っぽい曲名は「プラトニック・パーティー」「すききらいアンチノミー」「パラドックスが足りない」「コモンセンス・バスターズ」「アルゴリズムの海」「夏のクオリア」「エポケー・チャンス」「ヒューリスティック・シティ」「二人のエクリチュール」などがあります。
さてフィロソフィーのダンスのメンバーは……。
ソウルフルでパワフルなボーカリストは日向(ひなた)ハルです。完全にR&Bの人ですね。彼女はロックバンドのボーカリストだったところをスカウトされたそうです。
とてもコケティッシュでセクシーな歌声は奥津マリリ。高音も低音も全部裏声の発声法が特徴です。MIWAや森山良子、天地真理、このブログにインタビューが載っているケセランパサランの山口愛子などにも通じるかもしれません。この人もスカウトされたそうですが、それまではバンドを経てシンガーソングライターをやっていました。
十束(とつか)おとははアニメの少女キャラのような声で、おしゃべりするような歌い方が特徴です。物心付いたころからずっと「オタク」で、歌もダンスも未経験のままオーディションを受けメンバーになりました。
そしてもうひとりは佐藤まりあ。やはりオーディションで入りました。他の3人のそれぞれ特徴的でキャラが立ちすぎる声の中で、まっとうな美しくてかわいい声です。メンバーの中で唯一アイドル経験がありました。
さてこの「ドント・ストップ・ザ・ダンス」を聴いたとき、ボクはふとクルセイダーズの「Street Life」(1979年)を思い出しました。
強いビートと切迫感のあるマイナーコード、華麗なサウンド、力強い歌声、高らかな決意表明のメッセージなどが共通すると思います。
「ドント・ストップ・ザ・ダンス」は前山田健一が作詞しました。
「私は私 ありのままでいい」
「自分のスタイルでいつまでも煌めくよ」
と歌い上げています。
それまでファンクやR&Bのかっこいい曲を出しまくってきたフィロソフィーのダンスですが、ここに来てフュージョンに来たと思いました。
しかもさらにそこに出現したのがフュージョン・バンドDEZOLVEがバックについたバージョンです。
複雑なリズムの「キメ」を連発して、楽器のバカテクを楽しませてくれます。そこに対等に渡り合うフィロソフィーのダンスのパワーもすごいです。もはやジャズボーカルグループです。
ファンク、R&B、フュージョンとアイドル
アイドルの音楽ジャンルはなんでもありなので、往々にして音楽通は最後にはアイドルにいきつくものです。フィロソフィーのダンスはとくに音楽マニアがはまる曲を連発し、楽曲派アイドルとも言われています。
フィロソフィーのダンスのインディーズ時代は、宮野弦士が作り出すファンクR&Bサウンドがかっこよくて話題でした。
1970年代に大活躍したおしゃれなファンクバンドCHICのギターカッティングを彷彿とさせる曲もあります。
CHICは1978年の「FREAK OUT」や、1979年「グッド・タイムス」などのヒット曲で一世を風靡し、その後はHip Hopでサンプリングされまくり、ブラックミュージックのサウンドに大きな影響を与えました。
CHIC風ギターカッティングが鳴ったアイドルといえば、SPEEDがいました。
ちょっと自分史ですが、1970年代に中学~高校生でした。主に日本のフォークやブリティッシュ・ロックなどを聴いていたのですが、ある日最寄りの駅で中学の部活の先輩につかまり、喫茶店で話をするはめになりました。彼はドラムをやっていると言っていて、「ディープ・パープルなんかしょんべん臭いぞ。クロスオーバーを聴け。ハービー・メイソンを聴け」とのたまったのでした。「クロスオーバー」は当時のジャンル名で後に「フュージョン」になりました。
それもあってフュージョンにはまりましたが、大学入学後、1980年代に新しい友人がどっと増えて、いろいろな音楽を一気に聴かされ、中でもパンク・ニューウェーブのショックは大きかったです。こうして「フュージョンなんてぬるいぜ」と音楽脳の転換が起こり、しばらくフュージョンやファンクから遠ざかりました。
そんな経験を経てSPEEDに出会いました。このギター知ってる! CHICのナイル・ロジャースのカッティングじゃん。かっこいい!そしてそのサウンドに乗った少女の絶叫のような高音ボーカルに心が撃ち抜かれました。
それが1996年で、その後ファンク・R&Bを使うアイドルはあまりいなくて、エレクトリックなダンスビートが多かったと思います。たまに単発的にありました。モーニング娘。「LOVEマシーン」(1999年)、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」(2013年)。2010年デビューの東京女子流は例外的にファンク・R&B路線が中心でした。
ももいろクローバーZはファンクやラップ・ヒップホップの楽曲群を重要なジャンルにしているけれど、今年発売された「BUTTOBI!!」はよくわからないけど、ワシントンDCのGO-GOに行っちゃってるのでは?
こうしてアイドルを通して、僕の音楽趣味もファンクやフュージョンに戻ってきたのでした。
テレフォニズムはASMRファンク
さてフィロソフィーのダンスは「テレフォニズム」に至って、4人の声の特徴が見事に対等に活かされるようになりました。
ミドルテンポの16ビート。16分音符が跳ねるリズムはニュージャックスウィングに通じるかもしれません。
「ASMR」(Autonomous Sensory Meridian Respons)という概念があります。ある種の音は耳から入ってきたときにゾクゾクする、そんな感覚です。YouTubeでたくんさん見つけることができます。
テレフォニズムの、受話器を当てた耳から聞こえるような、ダイレクトな心地よい声。とくに十束おとはの軽やかに跳ねる声音は、神経をツンツンと触られるような快感でクセになる。ここに「ASMRファンク」が誕生したのです!
この十束おとはの声の特徴を増幅したのが、「テレフォニズム」のNight Tempoによるリミックスバージョン。Night Tempoは韓国のプロデューサーで、80年代シティポップ再発見ブームの仕掛け人の一人です。
十束おとはの声の魅力がどんどん拡大され、この飛び道具を備えたフィロソフィーのダンスはいったいどんな境地に突き進むのだろうか、などと思っていたのに、十束おとはが重大発表をしていたのです。なんと今年の11月にグループから卒業します。そして、メンバー募集も始まっています。新しいメンバーを加えてフィロソフィーのダンスがどんな響きを生み出すかという期待が膨らみます。
それまでは今の4人が到達した『愛の哲学』の境地を楽しみましょう!