草加小話

埼玉県草加市での暮らしで拾ったエピソードとそうでないエピソードを綴ります。

奥の細道文学賞がスリリングな体験だったこと

●集団で叫ぶ『奥の細道

 2月1日、草加駅前のアコスホールで草加市主催による「第7回奥の細道文学賞 表彰式・記念対談」が開催されました。
 オープニングは「おくのほそ道群読」でした。
 松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭の3編(3編目で草加の宿が触れられる)を、まず松原小学校の6年生全児童が原文で群読(集団で朗読)しました。続いて草加中学校と新田中学校の英語部の生徒たちが英文(ドナルド・キーン訳)を群読しました。
 小学生たちは奥の細道を暗記し、見事に朗読しました。元気いっぱいで迫力がありました。ほとんど叫んでいましたから。「叫ぶ詩人の会」を思い出したほどです。
 俳句部分も「行く春やー! 鳥啼き魚の目はなみだー!」と絶唱。
 そのアクティブな表現スタイルはありなのだろうか、とちょっと心配になったのですが、「奥の細道文学賞」受賞者の一人が、受賞挨拶で、子供たちの群読に落涙した、と語っていたので、ありなんだろうな、と安心しました。

※参考:「叫ぶ詩人の会 雨にも負けず#2」
https://www.youtube.com/watch?v=OjM8Hp9nx24


●登場人物である自分と執筆する自分とそれを見つめる自分

 オープニングにつづいて表彰式が行われました。
 受賞者の5人の挨拶がどれもすばらしく、高い文学的な意欲が感じられました。そしてみなさんウィットに富んでいて、会場を沸かせました。
 どの作品にも俄然興味が湧いてきて、この文学賞草加観光のためのこじつけセレモニーでは……、という微かな疑念は吹っ飛びました。

 ちなみに受賞者と作品は以下の通りです。
 奥の細道文学賞の正賞は宗像哲夫さんの『阿武隈から津軽』。
 奥の細道文学賞の優秀賞は風越みなとさんの『行きかふ年』、森本多岐子さんの『奥の細道」蘇生と創作の旅』。
 ドナルド・キーン賞の奨励賞に金田房子さんの『西行・兼好の伝説と芭蕉の画賛句』と、山形彩美さんの『三宅嘯山の芭蕉神聖化批判-「葎亭画讃集」「芭蕉翁讃」をめぐって-』。

 正賞『阿武隈から津軽へ』は紀行文です。筆者の宗像さんは事故を起こした原子力発電所からほど近い福島県三春町に住んでおり、「放射能被害」を気にして家に閉じこもる閉塞感に包まれた生活を送っていました。そこで奥さんからの提案で津軽に旅をします。その旅の過程を、太宰治の引用や、奥さんとの知的で趣深い会話を交えながら綴っています。

 選考委員の一人、俳人長谷川櫂さんが語る『阿武隈から津軽へ』(宗像哲夫さん)の講評が印象的でした。
 宗像さんの文章がいかにすばらしいかを、長谷川さんは説明しました。
 作品中には、奥さんと旅をする宗像さんが登場します。そして執筆しているのは宗像さんであり、作品からもその存在は伺えます。さらには執筆する宗像さんを見つめる宗像さんの存在さえも感じられるというのです。
 その高次な視点があるからこそ、この作品が到達した境地が感動的なのです。
 そんなようなことを長谷川さんは語っていたと記憶しています。
 僕も作品を読んで、感動しました。

●語られる自分と語る自分
 
 もう一人の選考委員、文学博士の堀切実さんも、同作品について興味深いコメントを述べました。
 堀切さんは太宰治の隠れファンだとかで、ご自身も私小説を執筆していた経験があるのだそうです。ちなみに長谷川さんは太宰は苦手とのことでした。
 堀切さんは、最近自分語りをする小説が多いと嘆きました。ここで長谷川さんもニヤリとしました。
 本来、私小説とはそういうものではない。語られる登場人物の自分と、それを語る作者の自分との相克が生み出す文学なのだと、堀切さんはそんなようなことを話しました。
 つまり、宗像さんの紀行文がそれに該当していると。
 
 長谷川さんと堀切さんは似たようなことを話しているのではないかと、ピント来ました。

●作者が描かれないが作者がわかる

 さて、壇上では「奥の細道」を英訳して世界中に松尾芭蕉を知らしめた偉大な文学者、そして2011年震災後に日本永住を決意し2012年に日本国籍を取得したドナルド・キーンさんが控えています。俳人黒田杏子(ももこ)さんとの対談が始まりました。
 黒田さんの質問にキーンさんがユーモラスに答えるという展開でした。
 たとえば、キーン先生は今年92歳になるご高齢にしては健康的ですが健康の秘訣は?と質問します。
 キーンさんは、スポーツをしないことと、好きな物を食べることです、と答えました。そして
「医者とは意見がちがうところもありますが」
 とにやっとします。
 
奥の細道』にはどんな特徴がありますか? という大きな質問が黒田さんから投げかけられました。
 キーンさんの答えはこのようなものでした。
奥の細道』には、松尾芭蕉自身についての描写がない。それなのに、松尾芭蕉についてよくわかる。

 この説明は、宗像さんの作品をめぐって長谷川さんと堀切さんが語った、作者と作品の関係の延長上にあるように感じました。もしかしたら作者と作品の関係の究極のあり方なのではないでしょうか。
 
 高い次元で書く自分を見つめて自分を書く。
 あるいは書く自分と書かれる自分の相克を書く。
 ついには自分を書かないのに、あるいは書かないことで自分を浮き上がらせる。

 自分なりに思考の道筋がたどれて、スリリングな体験が楽しめた表彰式・記念対談でした。
(講評や対談については録音もメモもとっていなかったので、記憶にもとづいて書きました。ご容赦ください)

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草加文庫の新刊「ドナルド・キーン『おくのほそ道』を語る 第七回 奥の細道文学賞作品集」が会場で発売されていました。700円。
草加文庫は市役所情報コーナー、中央図書館で販売しているようです。
選考委員の堀切実さんは、この内容なら大きい出版社で発売すべきだと主張していました。